田代32の旅日記
2005.4.15 「西日本路上ライブを繰り広げ、路上ライブで集まった資金のみで歩いて熊本に馬刺を食いにいき、鹿児島県の最南端佐多岬を目指す!と旅立ていった…そんな本人の旅日記!」
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
昨日の今日なのに!
やっちゃった?!
今日は本当に悔しい?!何故かというと“素敵な出会いをプレゼントしてくれる体育会系の誰かさん”からの出会いのプレゼントを僕が完全に無視してしまったからです。
朝、周東町と言う町を出発し夕方徳山に到着。そこから少し先に進んだところに屋根付きベンチのある公園があったので、そこで今日は野宿することにして休んでいると、今日は朝早く出発したこともあって、十時頃眠くなったのでいつもより早めに眠ってしまいました。
僕が眠りに付いてからどのくらい経ったかわかりませんが、キャッチボールをしている複数の人と子供の声が聞こえてきて、目を覚ましたのですが疲れていたのと眠さで起き上がらずに、そのまま寝たフリをしていたらいつの間にか、また眠ってしまいました。そして、しばらくすると また目が覚めましたがその時には既にさっきの方達の姿は無くなっていました。しかし“ふと!”僕の枕元を見たとき、“あ?素敵な人との出会いを逃した!”と、さっき目が覚めたのに起き上がらず、寝たフリをした自分を凄く後悔しました。なぜなら、そこには缶ジュースが一本置いてあったからです。
僕はこの缶ジュースからその方の優しい人柄を感じて感動してしまいました。
だって、この缶ジュースを下さった方は、僕の旅を僕と話しをすることもなく認めてくれ“何かしたい”と思ってくれて、更に僕の疲れを気遣って僕を起こさないように、そっと枕元に置き、そっと立ち去り、自分の行動に対する感謝の見返りすら望んでいない訳じゃないですか!こんな事が出来る人は絶対素敵な人に決まってるし、いい話しが聞けて凄い楽しい時間を過ごせたはずなんですよ!
それを思うともったいなくて、自分の取った行動が腹立たしくなりました。
この間、事務所の大先輩である“コント山口君と竹田君”の山口さんから再び連絡を頂き“旅の出会いに馴れるなよ!”とアドバイスをしてもらったのですが、その時は“出会いに馴れるな!”の意味がわからなかったのですが、今日素敵な出会いを自らの怠慢で逃した事によって、僕は最近人と出会うことが当たり前になっていて、一つ一つの出会いが昨日のように奇跡の偶然である事を忘れていました。そして、改めて山口さんのアドバイスの大切にも気付きました。
これからは、“一期一会”を大切にと、改めて思わせてもらった貴重な缶ジュースを今日は頂きました。
ありがとうございました。そして、本当にすいませんでした。050701_0013~01.jpg

スポンサーサイト
2005/06/30(木) 23:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
こんな偶然信じられます?
昨日は結局、山口県岩国の少し先まで歩き、川沿いの公園で野宿しましたが、水の流れる音と涼しい風で本当に熟睡し、この旅始まって以来の快適な野宿だったので、体調も万全で元気よく出発しました。
そして、歩けば歩く程どんどん山深くなって行く景色に「気持ちいいなぁ?」とテンション上がりまくりで、どんどん進んでいました。
そして、二時間ほど歩いたところで、僕にもの凄い勇気と力を与えてくれる偶然の出会いがありました。
それは、そろそろ疲れたのでどっかで休憩しようと思って木陰を探していた時に、国道の端にやっとちょこっとだけ木陰になってる場所を見つけたので「休もう」とその木陰に向かうと、ほんのちょっとの段差に荷物が傾きキャリアから荷物が崩れ落ちました。「なんだよ!も?頭くるな!」とイラつきながら荷物を積み直していると、道の反対側の家からおばぁ?ちゃんが出てきて「丁度、よかった!さっき車に乗っててあなたを見掛けて、応援しようと思って出てきたのよ!頑張って!」と千円くれました。「え?!なにこの偶然!こんな、素敵なおばぁ?ちゃんの家の前で休憩しようとして、しかも荷崩れって!なんだこの奇跡わ!」と本当にビックリしました。
“もし、ここに段差がなかったら!”
“もし、上手に段差を乗り越えて荷崩れしてなかったら!”
“もし、ここに木陰がなかったら!”
と「幾つもの“もし”が重なって、一つの“もし”でも無かったら、出会うことはできなかった」と思うと、この奇跡的な出会いに鳥肌が立ちました!
考えてみたら人との一つ一つの出会いが、いつもこの“もし”が幾つも重なった奇跡の出会いで、僕は神様の存在を信じてる訳ではないですが、これだけ奇跡的な出会いが続くと、誰かが見ていて頑張ったご褒美に素敵な出会いをくれるような気がしてきました。そう考えれば考えるほど、「なにも“荷崩れ”という、乱暴な方法で出会わさないで、もっと普通に出会わせてくれればいいのに。」と、出会いをプレゼントして下さった方は「きっと、体育会系なのかな?」と思いました。
その後、もう流石に着ることのなくなった長袖の服を実家に送るため郵便局に入ったら、その途端びっくりするような激しい夕立になり動けなくなってしまいましたが、これもまた“もし”の出会いですが、こちらの郵便局の方が本当に親切な方で、雨が上がるまで雨宿りをさせてくれ、更にお茶までご馳走して下さいました。

ちなみに三枚目の写真はあまりの暑さに途中川で涼んでいたら、何かいい絵になった気がしたんで撮ってみたんですけど、こんなお茶のCMありませんでした?
050629_1052~01.jpg

050629_1302~01.jpg

050629_1357~01.jpg

2005/06/29(水) 20:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
本州最後山口県突入!
今まで頑張って歩いてきたご褒美だったのか、広島では本当に偶然の連続で素晴らしい人達と沢山知り合うことができ、出発した時には想像もできなかった、いい思いを色々とさせてもらいました。
広島に入る前、色々な方から「広島の人は他人に無関心で冷たいよ。」と言われていましたが、全然そんなことはなく、ただすれちがっただけの沢山の方々から本当によくジュースの差し入れを頂く、“旅人ドリンクバー”の付いてる県は始めてでしたし、または「頑張って!」と声を掛けて下さる人の数も広島は本当に多かったです。
僕が知り合った沢山の広島の方々は、皆とっても暖かく、好奇心旺盛で親切な人ばかりでした。その親切心に少し甘え過ぎてしまっていたので、今日から始まる山口県の旅は少し自分自身と戦うために、昨日の日記にも書いたように“歩く”と言う基本に戻って、頑張って歩こうと思います。
広島でネタを見て下さった皆さん、そしてお世話になった皆さん本当にありがとうございました。
050628_1054~02.jpg

2005/06/28(火) 19:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
さぁ?歩き旅再開!
今日は、とっても楽しく本当に夢のような二日間を過させてもらったSさん宅を昼過ぎに出発しました。
広島での滞在では“この先悪い事があるのでは!”と思うくらい、いい思いをさせてもらいました。
少し(と言うか!相当!)Sさんの親切と優しい心に甘えてしまったので、今日からしばらくは以前にも書いたように、この旅の基本である“歩く”ということを大切にし、以前のように“焦った気持ちで”長い距離を歩くのではなく“自分への挑戦”のために長い距離を歩いてみようと思いスタートしましたが、スタートした時間が遅かったため25KM歩いた宮島の先で真っ暗になってしまったため、歩くのを止めました。“真っ暗になったため歩くの止めた!何、甘い事言ってんだ!”と思った方もいらっしゃると思いますが、一言言わせて下さい。まず“国道を歩いているのに街灯がなくなり、東京では考えられないくらい真っ暗になります。”更に僕は“暗所恐怖性”なので、暗い場所がとっても苦手なのです。なのでここ宮島付近は西に向かって歩くと左側は海、右側は山で、右も左も真っ暗なデッカイ塊が迫っていて恐くて恐くて、とてもじゃないけど、前に進めないのです!
もっと言うと、山の真っ暗な塊は急にデッカイ目が“シャキン!”と開き、僕をジ?と見てきそう気がするし、海の真っ暗な塊は突然何か(半魚人か怪獣)がマジで飛び出してきそうな気がしてきます。だから“甘い”などと、厳しいことを言わないで下さい。本当に僕は恐いんです!
明日からは明るい時間にガツガツ歩きたいと思いますんで、今日はここまでで勘弁して下さい。
050627_1258~01.jpg

2005/06/27(月) 23:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
夢のような一日
今日はこの旅始まって以来の夢のような一日でした。
まず、午前中は昨日尾道から遊びに来てくれた、BONEさんと五十嵐さんの三人で広島城を見学に行きました。
僕もこの旅で色々な城を見て来て、いつも天守閣から「この城の殿様はこの景色を見ながら何を考えたのだろう?」と、殿様の気分になって町を見下ろすのが大好きだったのですが、広島城は行ってびっくり!町を見下ろすどころか、町の中心にあるため天守閣が回りのビルやマンションから見下ろされていて、「こんな姿を当時の殿様が見たら悲しむだろうなぁ?」と、少し悲しくなりました。
その後、尾道の二人は「今日は英語教室の日なんで帰るわ!」と、僕を驚かし、見かけに合わない趣味のため尾道に帰り、僕はSさんと待ち合わせをし東京を出た時から楽しみにしていた広島市民球場での“カープ対ドラゴンズ”の試合をSさんに連れて行ってもらいました。
TVで見ていて“狭い球場だなぁ?”と、思っていましたが、実際に行ってみるとTVでみるより何倍も狭い事にびっくりしましたが、そのぶん選手のプレーがより近くで見れ、とても臨場感のある球場でファインプレーも多かったので、僕は大興奮でした。
既にこの時点で僕はクタクタだったのですが、Sさんに「今日ネタやらないと広島でネタやれなくなりますよ!」と、尻を叩かれ、夜の7時から広島の本通りというアーケードでネタをやりました。考えたら夜の7時にこんなに沢山の人が歩いている町に来たのは大阪以来でしたが、あの時はネタをする事すらできなかった僕が、今日は人の多さにテンションが上がり、とっても楽しくネタをやることができ、その自分の気持ちの変化に今までこの旅で出会った全ての人に改めて感謝しました。更に夢のような一日は続き、再びSさんと合流し僕が寿司を食べ損ねたことを日記で知ったSさんが、なんと!お寿司をご馳走してくれました。まさか、この旅でお寿司が食べれるなんて考えてもいなかったので、とにかく僕の大好きなイカを死ぬ程ご馳走になりました。
更に更に!夢のような一日はまだまだ続き、“本日のメイイベント”ゲームセンターにもSさんに連れて行ってもらいました。実は僕がネタをやっている間にSさんがゲームセンターのメダルゲームで大当たりをし、大量のメダルを預けていたので、それを少し借りて(本当はいけないんだけど!)僕も大好きなメダルゲームを久しぶりに楽しみました。
見事にメダルを二人で使いきったところで、夢のような一日の全てのイベントが終了し、Sさんの家に帰りました。
とにかく今日一日、とってもハードでしたがSさんが僕のために本当に色々なことをして下さり、今までの旅でいつも指をくわえて、羨ましく思っていた事を全てやらせてもらい、本当にストレス発散になりました。Sさんには何とお礼を言ったらいいかわかりませんが、お陰でとっても、と????ても楽しい広島滞在になりました。
本当に、本当???にありがとうございました!
050626_0927~01.jpg

050626_1731~01.jpg

050626_2141~01.jpg

2005/06/26(日) 16:37:18| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
泊まる所あるのに野宿
昨日の夜遅く広島市内に到着し、甘い言葉には直ぐに乗っかってしまう僕は早速Sさんに“本当に泊めて下さい”と連絡し、無理矢理泊めて頂き、今日は昼から原爆資料館へ行き見学してきました。館内には思わず目を覆いたくなるような展示品もありましたが、本当に一瞬で何十万という人の命を奪い、広島の町を焼き付くした原爆の恐ろしさを知ることができ、同時に「あんな状態からたった60年くらいでよくここまでの町を作り直したなぁ?!広島の人スゲェ?よ!」と、広島の人達を本当に尊敬しました。その後、市内を明日ネタをやる場所を探しつつ見学しお好み焼きも食べて、Sさん宅に帰ろうと向かっていた時に尾道で仲良くなったBONEさんから「今、何処ですか?」と連絡があり「広島まで来て原爆ドームの前にいますけど、凄いですよ広島!」と言い、ここ数日間の出来事を色々話そうとすると「そ?すか!じゃ?。」と
アッサリ切られてしまいました。「何だよ悪戯かよ!」と思った直後、前からBONEさんと五十嵐さんが歩いてくるではないですか!しかも僕が荷物につけてる“東京?鹿児島1000KMあるき旅”の看板をまねして“尾道?広島100KM新幹線の旅”と紙に書いて近付いてきました。開口一番“人の旅をバカにするな!”と僕は言いましたが、勿論旅で知り合った人達がわざわざ僕に会いに新幹線で来てくれたのですから、嬉しくない筈がなく満面の笑みで二人を迎えました。
がっ!ここまではよかったのですが、この後が最悪で、この二人僕が飯を食べたことを確認すると何と“しゃぶしゃぶ屋さん”に入り、お腹一杯で食べれない僕に「田代さんオゴリますからお腹一杯食べて下さいね!」と見せ付けるように高い肉を次から次に注文し美味しそうに食べていました。せっかくの肉を食べられるチャンスを逃がした悔しさで僕はヤケ酒ならぬヤケコーラをガンガン飲んでいました!
その後、皆でジュースを買い公園に行ってぐだぐだお喋りをし、何かその感じが地元の友達と話してるようで、凄く安心するいい時間でしたが、考えるよりまず動いてしまう尾道の二人は当然宿泊する場所のことなど考えているはずがなく、“旅人である僕は泊まる所があるのに、そうでない二人が泊まる所がない”という、少し変な状況になり、結果この旅始めての仲間との公園野宿をすることにしました。でも、もう何回もしてきた野宿ですが、今日の野宿は何かとっても楽しい野宿でした。
050626_0319~01.jpg

2005/06/25(土) 23:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
会社訪問
昨日は、隅田さんとの出会いがありましたが、隅田さんが誤解を抱いたまま立ち去った後呉駅でネタをやったところ、様々な出会いがありました。
まず、最初の出会いが広駅で休憩中にジュースの差し入れをして下さった小川さんが、呉に会社があったらしく仕事帰りにネタを見に来てくれました。
その後、僕が以前旅に出るまでお世話になってたラジオ番組のリスナーのSさんが広島市内からわざわざ会いに来て下さり、晩御飯となんと!なんと!なんと!一万円もの旅資金の協力をしてもらい、「広島に来たときは家に泊まって下さい。
」と、とっても嬉しい事を言って頂きました。更にその後、ネタを見てくれた二人連れの女性が「明日、会社でネタをやって欲しい。」と言われたので、「急に言われても、僕にだって予定があるんですよ!ただ明日の予定にその提案入れさせてもらいますけど!」と即OKし、今日二人の会社に行き昼休みにネタをやらせてもらいました。二人の提案を予定に入れた時は「なんかいい記念なるなぁ?」と、何も考えずに行くことにしてしまいましたが、着いてびっくり!まず、会社がやたらデカイ!そして、昨日の女性北村さんとともに上司の方にまで出迎えられてしまい、この会社の売店でジュースをご馳走になってしまいました。何か僕が思ってた、“昼休みに北村さんのお友達4、5人相手に近くの公園か何かで軽くネタをやるつもり”だったのが何かそんな雰囲気じゃなく、仕事で営業に来た時のような感じがしてきて、とたんに不安になってきました。そして、時間になったのでネタをやらせてもらう場所に行ってみると、僕の不安が大当たり!4、5人どころじゃなく、ざっと20人くらいの方がいて、更にネタの準備をしている間にどんどん人数が増えていききました。
そして、こんだけ僕が予想をしてた状況と全然違う状況になれば、小心者の僕が動揺しない筈がなく、改めてまだまだ芸人としての本当の度胸が付いて無いことを痛感させられました。
そして、ネタ終了後二千円の旅資金を協力して頂き、更にオニギリではないラップに包まれただけの“白米のみ”という非常に珍しい協力もして頂き、皆さんに見送られながら今日の目的地広島市内に向けて出発しました。
050624_1237~01.jpg

2005/06/24(金) 13:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
将来の目標
今日は午前中呉駅側にある“大和ミュージアム”(第二次大戦で活躍し沈没した戦艦大和の記念館)に行ってきました。
「流石広島だなぁ?」と思うのが、展示してある大和乗組員の写真を見て見学者の方が「いたいた、?だ!」と、知り合いを発見している事に「え?!知り合いが展示写真の中にいるの?!ヤッパ広島スゲェ?」と、お話しでしか戦争の事を聞いたことのない僕は改めて本当に広島で戦争があった事を実感しました。
そして、夕方から呉駅前でネタをやろうと向かっていたときに、途中で後ろから「にぃ?ちゃん、東京から歩いて来たんか?」と写真の隅田さんと言う海上自衛隊の方に話し掛けてもらいました。僕が“お笑いで路上ライブをやりながら旅をしている”ことを言うと、隅田さんは海上自衛隊員らしく、とっても力強くハキハキした喋り方で、仕事がら全国色々な所に行かれる事が多く、その時見た各地で頑張っている路上ミュージシャンの話しをして下さりながら、呉の駅まで案内してくれました。
駅に着いてもしばらく「頑張って歌ってる姿が俺好きなんだよ!」と、路上で頑張っている人達が大好きらしく、路上ミュージシャンに対する隅田さん流の適切な持論も聞かせて下さり、「とにかく俺はこれから用事があって見れないけど、君いい声してるから売れるかもな。覚えとくからビッグになれるように頑張れよ!」と、嬉しいことを言って下さり、僕は「声だけは誉められるんですけどね!」と答えると、「頑張ってればいいことあるから!」と応援して下さいました。さらに隅田さんは、最後に「この旅でいっぱい吸収していい歌作くれよ!」と励ましてくださったので、僕も元気よく「はい!頑張っていい歌作りま・・・・」

“えっ?”

“いい歌?”

“あれ?確か僕最初にネタをやりながら旅をしるって言ったと思うんですけど?”

「いつか、テレビで観れるの楽しみにしてるからな!それと、歌がダメでも海上自衛隊ならいつでも入れるぞ27才までだったらな!」

“えっ!それも既に僕は・・・・”

「じゃーな!」

“どうしよう。隅田さんの中の僕は実際の僕と全然違うものに育ってる!そうか!だから路上ミュージシャンの話しをこんなに沢山してくれていたのか!ってことは僕が“路上ミュージシャンに対する持論”だと思って聞いてた話しは、僕へのアドバイスってことか!ヤバイ!でも、今更言って恥じかかすのも悪いし!どうしよ??”
と、悩んでいるうちに隅田さんは風のように自転車で去って行かれてしまいました。」
完全にやってしまいました。ちゃんと訂正する勇気がなかったばっかりに、隅田さんの中に“路上ミュージシャン田代32”を誕生させてしまいました!
“こうなったら、もうしょうがないので頑張ってお笑い芸人として売れて、それから歌出すしかないか!”
と、隅田さんの中の僕を修正するためにも“絶対売れなければ”と決意し、更に売れてからの新しい目標をひょんな事から持たせてもらいました。050623_1715~01.jpg

2005/06/23(木) 20:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
禁断の果実!
今日は朝8:00に安浦を出発し呉に向かいました。
「昨日凄い遅くまで歩いていたのに今日も朝から歩いて、また焦ってんじゃないの?」と、思われた方もいるかもしれませんが、本当は僕も昨日の疲れもあったので昼から歩こうと思っていましたが、朝からこの日記に書くことが出来ないエロホモ爺さんに捕まり、誰もこない堤防に連れていかれ危なかったので仕方なく出発することにしました。
しかし、海沿いで景色もよく普段だったら気持ちよく歩けるのですが、昨日、一昨日と二日続けて長い距離を歩いた疲れと朝のエロホモ爺さんのショックで体が重くなかなか進めませんでした。
でも、どんなに大変でも“歩く事”はこの旅の基本なので「今日立てた目標は例えゆっくりでも達成させよう」と休み休み少しづつ進み、夕方広駅で携帯の充電をしてもらいながら休憩したいたら、やっぱり頑張って歩いて来た甲斐がありました!僕と二人で写っている写真の方が「途中で見掛けて探してたんだよ。会えてよかった!」とドリンクの差し入れを持ってきてくれました。
その気持ちが本当に嬉しく、僕の疲れた体に元気を与えてくれ、再び呉を目指し歩き始めることができました。しかし、もうすぐ呉駅というところで完全に足が止まってしまい、ここでゴールでもよかったのですが、なんか挫折した気がするので、なんとかあと少し歩くために遂に今まで我慢していた禁断の果実に僕は手を出してしまいました。
それは、僕の携帯には曲をまるまるダウンロードして聴くことが出来る機能が付いていて、今までも何回かダウンロードしようと思った曲があり、そのたびに「この曲をダウンロードして聴きながら歩くのは、ダサすぎる!」と思い止まっていたのですが、今日は「ダサイ」とか言ってる余裕も無く「この曲を聴いて歩けるならダサくてもいい」と思うほど疲れきっていたので、遂に僕的に“禁断の果実”であった“ZARD”の“負けないで”をダウンロードしてしまいました。(超恥ずかしい?)
しかも、その曲を効きながら「“一人24時間TV”の気分になって歩く」という、ダサダサな事をしてしまいましたが、流石“禁断の果実”だけあって一度口にしてしうと、これが凄いパワーを与えてくれ、僕の疲れきった体をゴールの呉駅まで運んでくれました。勿論、呉駅に着いても誰も僕を迎えてくれる訳もないし、旅のゴールでもないただの通過点なのに、僕は完全に禁断の果実に酔い一人泣きそうになっていました。
その後、夢から覚めたようにお腹が空いたので近くの定食屋さんに行くと、写真のお店の皆さんが“頑張ってね”と大サービスをしてくれました。やっぱり頑張ると必ずいい事があるようなので、明日からも禁断の果実を頬張りながら頑張って行こうと思います。
050622_1924~01.jpg

050622_2053~01.jpg

2005/06/22(水) 23:30:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
歩き旅再開!
昨日の朝、尾道を出発し本郷という町まで歩き、今日は広島市の手前の町西城という町を目標に朝7:30に出発しました。すると、出発してすぐに一人のお爺ちゃんに話し掛けてもらい“鹿児島まで歩くのか、凄いなぁ?”と言って缶コーヒーをくれました。その後、しばらく歩くとドライブインがあったので休憩していると、今度は50代くらいのお父さんが「途中まで乗せてってやろうか。」と言ってくれましたが、誘惑と戦いながらも丁重にお断りすると、“頑張ってな!”と今度はジュースを買ってくれました。更に“ここから先は山道で大変だから、海沿いに抜けて呉でもよって広島に入った方がいいよ!”とアドバイスもしてくれま
した。僕はこの時直感で「呉経由で行くと広島市に行くのに一日多くかかってしまうが、この“呉経由で行った方がいいよ”のお父さんのアドバイスはそっちの道にきっと僕の到着を待っている何かがある!」と感じて、急遽今日の目的地を西城から竹原と言う町に変更し「何がおれを待ってんだ!」とテンション高く峠を越え昼に竹原に到着しました。そこで、お腹が空いたのでスーパーでお好み焼きを買い食べていると、お爺ちゃんが「今日は暑いねぇ?」と、まるで近所の人に話し掛けるような感じで僕に話し掛けてきて、更に「何か飲むか?」と、コーヒーを買ってくれました。僕は早速コーヒーを頂きながら、もしかしたらこのお爺ちゃんが僕を呉経由の道に導いた人で、何かあるような気がして話しをしようとすると、お爺ちゃんは「じゃ?な!」と言って何も話しをすることなく去っていきました。僕は呆気にとられ「自分の荷物も離れた所に置いていて、旅人要素の全くない僕にじゃー何で急にコーヒーを買ってくれたんだ!お話しするんじゃないの?」と思って肩透かしを食った気分でした。その後、まだ時間も早いし僕を呉経由に導いてくれた方にもお会いしてないので、もう少し先の町まで歩く事にしました。そして、夕方瀬戸内海の綺麗な景色が見える町まで辿り着いた時、尾道でお世話になったBONEさんから一気に僕の気力を奪うメールがきました。それは、「今、仕事で西城にいます。よかったら寿司でも食べませんか?ご馳走しますよ!」と言うものでした。「やっちゃった?!進路変更大失敗?!寿司食べ損ねた?!」あまりのショッキングなメールに歩くことがやになってしまいました。しかし、この旅で自分が唯一成長したこととして、気持ちの切り替えが早くなったことがあり、即座に「きっと、この先に寿司を食べることよりも、もっと凄いことが待っている!」と考え、再び力強く歩き始めました。そして、スタートしてから15時間後安浦と言う町に到着しましたが、結果誰とも知り合うことも話し掛けられることもありませんでした。でも、僕は寿司を食べれなかった事を悔やんでいません!何故なら、きっとこの先に僕を導いてくれた人がいることを信じているからです。

本当にいるはずなんです!

って、言うか絶対いてくれ!

いなかったらマジ泣きそう!
050622_0731~01.jpg

2005/06/21(火) 01:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
癒しの町尾道!
昨日は家主であるBONEさんが留守なのに、BONEさんの家に泊めさせてもらい昨日に続きフカフカの布団でゆっくり寝させてもらいました。朝、起きて家主のいない家でくつろいでいると、改めて“BONEさんとはまだ会って数時間しか経ってないのに自分の留守中にそんな奴を家に泊めるなんて、どんだけいい人なんだ!”と、感謝しながらノンビリしてました。またこのBONEさんの古民家が携帯電話のデザイナーをされているだけあってオシャレだけど、とってもリラックス出来る家で“あ?尾道いいなぁ?”と思いながらまたウトウトし、旅の疲れが一気に癒される感じがしました。そして、夜“山猫カフェ”というお店で、尾道のミュージシャン長井さんのライブとフランキー堺さんの映画上映をする、少し変わったイベントをやっていて、そこでネタをやらせてもらうことになっていたので、皆で“山猫カフェ”に向かい、ボランティアから帰ってきたBONEさんとも合流しました。そして、皆でイベントを楽しんでいると、この旅では今までいくつもの偶然な出来事が起きてきましたが、ここ尾道でもびっくりする偶然な出来事がありました。それは、東京にいる時僕はず?と牛乳配達のバイトをしていたのですが、イベントの映画上映の映画がフランキー堺さんのコメディー“牛乳屋フランキー”という映画だった事です。たまたま立ち寄った尾道で久し振りに見た映画が“牛乳屋さん”を舞台にした映画って“こんな偶然すごいな?”と一人他のお客さんと違うところで感激していました。そして、映画終了後ネタをやらせてもらいましたが、久し振りに椅子に座ったちゃんとした箱でのネタはとても気持ち良く楽しいもので、東京でライブに出させてもらっていたときに、ちゃんとした箱でネタをやらせてもらえることをなんとも思っていませんでしたが、路上と違い“他の雑音も気が散ることも注意されるのではないか?という不安もない場所でネタをやらせてもらえる事は本当に有り難いことで楽しいことなんだ!”と、初めて思いました。そして、今日の夜も既に僕の別荘と化したBONEさんの家に当然のように行き泊めてもらうことにしました。本当はただ通り過ぎるだけだった尾道で偶然村上さんに声を掛けてもらい、そこから次々に色々な方へと出会いが広がり気付けば沢山の方と知り合うことができ、ここ尾道を僕はとっても好きになってしまいました。なぜなら、ここの人達はのんびりした時間の中で、それぞれがそれぞれの楽しみを自ら見つけ持っていて、上手に楽しく生きている感じがして、本当に素晴らしい人がたくさんいるからです。特に僕が大変お世話になったBONEさんは、“楽しい事”が大好きで、楽しそうな臭いがするとじっとしていられない人で、その行動力は尊敬にあたえするものでした。よく考えるとBONEさんとはたいして一緒に時間を過してないのに、勝手にですけど“一生の友”が尾道にできた気がしています。最後に僕も頑張って鹿児島まで必ずゴールするんで、五十嵐さん、岡和田さん、野上さんの三人も今は大変でも諦めないで必ず家を完成させて下さい。出来上がった時僕が売れてたら、その家を僕に買わせてください。で、跡形もなくリフォームしますんで!
050619_2323~01.jpg

2005/06/20(月) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
旅の休日が!
今日は僕の“歩き旅”はお休みだったのですが、とにかく疲れた一日でした。まず、昨日皆さんが帰られた後、結局BONEさんと朝までしゃべってしまったのに、村上さんの家に間借りしている岡和田さん、野上さん、五十嵐さんと言う三人が古民家を解体し自分達だけで新しい家を建てているという、“依頼者も匠もどっちも自分達”の“ビフォーアフタースタジオ&カメラなし版”をやっているという話しを聞き、早速紹介して頂き“楽しそう”なので僕も家造りを手伝わせてもらおうと思いました。しかし残念ながら今日はお休みということで、岡和田さんと野上さんに尾道を案内してもらいました。まず行ったのが、皆さんが造っている家を見て、そして今日の夜、夜店が並びお祭りみたいになる商店街、更に近くのお金持ちが歴史上存在してないのに、勝手に造った尾道城に景色のいい公園と周りましたが、尾道は“坂の町”というだけあって、全部何処を通っても坂道ばかりで戻ってきた時には、汗ダクダクで疲れきってしまいました。その後、“近くの商業高校で文化祭をやっている”との情報があり、“そこでネタをやったら面白いんじゃないか”と皆で向かいましたが、許可が降りなかったのでネタをする事ができませんでした。しかし、何故か僕以外の皆さんのテンションが高く“他にネタやって面白い所ないか?”と、僕抜きで相談し始め、結果“知り合いのお寺がいい”となったらしく、僕はお寺でネタをやるのは、過去にこの旅でお世話になった某宗教団体の施設でスベッタ記憶があるので、気が進まなかったのですが、そんなこと言っても聞いてもらえそうにないくらい皆さんが盛り上がっていて、あっという間にお寺に到着してしまいました。そして、早速ネタをやろうとすると、住職さんが“後何人かくるので、それまで私が場繋ぎにネタをやりますよ”と言って、奥からギターを持ちだしてきて“住職のものまねヒットパレード!”のコールと共にネタを始められました。感想としては、全てのものまねが100点中10点という見事な安定ぶりでしたが、住職のキャラとギターを持ちながら一回も弾かないのにハマってしまいました。そして、住職の前座のお陰で僕もネタがやりやすく“路上ライブ歩き旅INお寺”は大盛況で終了しまた。それから一旦村上さんのお店“チャイ”に行き、村上さんが開発した尾道名物の“ちゃイダー”(抹茶とサイダーをブレンドした飲み物)を飲みながら休憩し、夜、夜店が並ぶ商店街に行きネタをやり¥2150の旅資金の協力をしてもらいました。その後、皆さんは“飲みに行く”と行って近くのお店に行かれましたが、僕は疲れ果てていたので、泊まりがけでボランティアに行かれていたBONEさんに連絡し、家主が不在なのにもう一晩泊めてもらうことにしました。とにかく、尾道は人もよく景色も素晴らしく凄くいいとこですが、何処に行くにも坂道なので、忘れ物の多い僕には、とっても大変な町でした。
050618_0805~01.jpg

050618_1516~01.jpg

050618_1924~01.jpg

2005/06/18(土) 20:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
出会い!出会い!そして出会い!
今日は午前中に福山城を見学し、昼過ぎ福山を出発し次の目的地三原に向かい歩き始めましたが、昨日の夜中に公園で本を読んでいたら、ホームレスのおじさんに話しかけてもらったので、色々お話しをしていたらこのおじさんの話しが面白くて、何と!TVが誕生したころからTVが大好きで、ホームレスになった4ヶ月前までTVばっか観ていたらしく、昔の番組から最近の番組まで本当によく知っていて、日本のTV史を語る事の出来る数少ない逸材なのではないかと関心して、結局朝までそのおじさんと話していたので、今日は眠い目を擦りながらひたすら歩いていました。
そして途中休暇をとって休んでいると、自転車に乗った方が止まり僕の看板をジ?ッと見て「旅ですか?」と尋ねられたので、「そうです!」と僕が答えると、その方が「僕、新入りなんですよ」と、バイトの初日のような返しに思わず大爆笑してしまいました。話しをしてみると、この方は福岡?北海道まで行くらしく、今日で3日目でまだ誰とも知り合っていないらしく、僕は思わず“もったいない!”と言ってしまい、生意気ですが“旅は出会いをメインに行った方が絶対楽しいですよ!”などとアドバイスをし、僕が今まで経験してきた数々の偶然な出会いの話しをしてしまいました。すると、彼から“僕もそんな旅をしてみたいです。”と、とっても嬉しい事を言われました。その後、お互いの連絡先を交換し、再び歩きだし。3時間ほど歩いて、また川の土手で休憩していると、今度もまた自転車に乗った方に声を掛けてもらいました。そして、話しをするとこの方は名古屋から熊本へ帰省する道中で、特に旅という訳ではなかったのですが、僕は思わず“もったいない”と言ってしまい。再び生意気にも“せっかく、自転車で帰省するんだから、一目散に故郷を目指すより、色々な人と出会いながら帰省した方がいいですよ!”と、アドバイスしてしまいました。すると、この方も“そうですね”と言って下さり。暫く広島に滞在するらしく、もし広島で会えたら飯をご馳走してくれる事を約束し、再び歩き始めました。
そして、夜の11時尾道に到着し、お腹が空いたのでコンビニでカップラーメンを買い表に出ると、今日三回目の“旅ですか?”の問掛けをされました。さすがにこの方は、旅人ではなく尾道で“チャイ”というカフェをやられている村上さんという方で、尾道に付いての話しを色々聞いていました。すると、そこに偶然村上さんのお友達の岡田さんが通りかかり、僕を見て今日四回目の“旅ですか?”の問掛けをされました。そして、三人で話しをしていると、またまた村上さんのお友達のBONEさんが通りかかり僕を見て今日五回目の“旅ですか?”の問掛けをされそうだったので、自分から“旅です”といいました。それをきっかけに話しが盛り上がり、BONEさんの家に行き話しの続きをすることになり、結果夜中になってしまったので、今日は泊めてもらうことにしました。とにかく今日は沢山の人と出会い、何回も同じ質問と同じ話しをした、この旅始まって以来、最高の人数の方に話しかけてもらった日でした。
050617_1418~01.jpg

050617_1937~01.jpg

050618_0145~01.jpg

2005/06/18(土) 02:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
えっ!あれ?いつ?広島突入?
今日は、朝から暑い!暑い!すでに梅雨入りしているはずなのに、それが嘘のような暑さで、途中何度も休暇しながら今日の目的地、広島県に突入しての福山を目指していました。あまりの暑さに何も考えられなくなり、すぐ歩きたくなくなって休んでしまうのに、追い討ちをかけるように“福山15キロ”の看板が目に入り完全に戦意喪失しそうになりました。そこで“指定コンビニがあったらガリガリ君を買っていいゲーム”を一人で開催することにしました。このゲームは、勿論“どのコンビニを指定するか”に全てがかかっているので、慎重に指定コンビニを決めることにしました。まず、ここまでの道中で安定して何処の町でもあるのが“セブンイレブン”で、東海、関西地方で多かったのは断然“サークルK”だったのですが、中国地方に入ってからは少なくなって、逆に“ローソン”が増えてきたような気がするし、そうかと思えば突然“ポプラ”があったりするし、意表を突いての“ヤマザキ デイリーストアー”も考えられ、“ファミリーマート”も勿論捨てがたいので、本当に悩みました。結果、僕は安定性を信頼しての“セブンイレブン”を指定コンビニに決めることにしました。ちなみに“公式ルール”では“指定コンビニがあるまで歩き続けなければいけない”となっているので、それに従い“セブンイレブン”があるまで、暑くてすでにボ?としている中、覚悟を決めて歩き始めました。するとすぐに、ありました!ありました!セブンイレブンが僕の目に飛込んできました。自分の感のよさと決断力に感動しながら、早速ガリガリ君を買い食べながら一息ついていたとき、“ふと”道路標識に目をやると“福山駅5キロ”と書いてあるではないですか!「“えっ?あれ?”確か、このゲームをスタートした時“福山15キロ”だったのに、どういうことだ?」と本当に狐に摘まれたような感じでしたが、どうやら、僕はゲームスタートをして直ぐにセブンイレブンが見付かったように思っていたのですが、本当はあまりの暑さに記憶が飛んでいて、いつの間にか10キロも歩いていたようでした。あまりの不思議な感覚に何か面白くなり「“タイムマシーン”に乗るとこんな感じなんだろうなぁ?」とテンションが上がってきて、そのままの勢いで福山駅に向かいネタをやりました。そして、写真の福山のヤンチャ少年達がネタを見てくれ¥2500も旅資金を協力してくれ、更に人集めも手伝ってくれたのですが、「オイ!テメェ?ら見てけよ!コラ!」と、どんどん人が離れていく集め方だったので、丁重にお断りし自分でやることにしました。そして、もう一枚の写真の二人組の女の子もネタを見てくれて、しかも 晩御飯までご馳走してくれました。近くの“にんにく屋”と言う店のガーリックトーストを食べましたが、尋常じゃなく旨かったです。楽しい思い出の出来た福山でしたが、ただ一つ悔やまれるのが、道中完全に記憶が飛んでいたためここまで撮り続けてきた県境の写真が撮れなかったのが、本当に残念です。
050616_1723~01.jpg

050616_2130~01.jpg

2005/06/16(木) 22:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
日韓交流
今日から僕も昨日まで一緒だった哲也さんと哲夫さんの“楽歩隊”のように楽しく歩くことにし、朝、倉敷を出発しました。
すると、昼近くに面白い人と出会いました。その人は、李さんと言う韓国出身の方で今は日本人の女性と結婚され、日本国籍を持たれている方ですが、この人が凄い!
僕の旅なんて話にならない、何と!何と!“沖縄?北海道まで日本縦断”をされていて、しかも“徒歩”と言うことに驚かされました。勿論、そんな面白そうな人と話しをしない訳がなく、色々とお話しすることにしました。まず、“旅をしてみての日本の印象はどうですか?”と聞いたら、おそらく“人が親切”とか“冷たい”とか、そういう答えが帰ってくるかと思ったら、李さんの日本の印象は一言“山!山ばっかりで歩くのが大変!”というもので、僕も“確に!”と共感してしまいました。それと、もう一つ日本の印象として言っていたのが、「“お年より、子供に優しい町”など立派なスローガンを掲げているのに、“歩道がない”ところが多すぎる!」と、かなり激しくおっしゃっていて、これも僕が大きく頷ける感想で、本当に歩いていると突然歩道がなくなって、どうすれば いいのか立ち往生してしまうことがありました。
その他にも、“看板が不親切”や“お年よりの朝が以上に早い”など、どれもこれも「確に!」と共感出来る感想ばかりでした。その後も色々な話しを1時間程しましたが、何度も何度も僕の「確に!」という声が近くの山に響いてました。
そして、李さんは”新宿に住んでいる”とのびっくり!発言から、必ず東京で再会することを約束し、お互い旅立ちました。
一人になった僕は、李さんとの会話を思い出しながら、「日本で育とうが、韓国で育とうが、人は人みんな同じで共感出来る事が沢山あるんのに、何でこれが国単位になると共感出来ないで、揉めてしまうんだろう?」と、李さんの話しをもう一度思い出しながら日韓の外交問題について考えていました。その時“ふと!”思いました。“あれ?李さんの話してた内容って韓国出身の方の立場からの話しじゃなくて“旅人”の立場からの話しなんじゃないか?”だから僕がこんなに共感できただけか!これと政治の話はまた別の話か!」それに気付いた瞬間、ただの旅人同士の会話を日韓の外交問題に生かそうとしていた自分が何かとてつもなく恥ずかしくなりました。でも、日韓の首相がともに“歩き旅”をしたら、僕と李さんのように共感出来るはず!つまり、今の日韓外交でまずしなくてはいけない事は両首相の会談より、まず両首相による“歩き旅”なんじゃないですか!
その時は、小泉内閣の“旅大臣”としていくらでも活躍しますよ?


050615_1124~01.jpg

2005/06/15(水) 15:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
別れ
朝、ここ高松に来てず?とお世話になっていた、“元気の種”の皆さんに見送られ倉敷に戻る前に哲也さんと哲夫さんが大好きだという、坂本龍馬の記念館がある高知県に2時間程かけて移動して桂浜と龍馬記念館、高知城を見学し、この旅始めての本格的な観光を楽しみました。そして、午後7時“倉敷”に到着!“楽歩隊”の哲也さんと哲夫さん、それに哲也さんの奥様のリエさんにとっても元気なラムちゃんとの別れの時が遂に来てしまいました。思い返せば3日前に、僕の旅と全く逆の“鹿児島?東京”を歩いている二人に偶然奇跡の出会いをし、その出会いに身を任せたら、てんつくマンを初めとする“元気の種”の皆さんに知り合い、更にすげぇ?熱いミュージシャン“森源太”さんとも知り合う事ができ、沢山!沢山!楽しい事があり、また 沢山!沢山!沢山!色々なことを教えて頂きました。特に“楽しむ”ということの“大切”さと“素晴らし”さを身を持って教えてくれた事は、今後の僕の旅を大きく変えてくれることでしょう。改めて考えてみると、今まで知り合った沢山の人々が全て“偶然”に出会っているはずなのに、それが何故か僕の悩みを解決して下さる人だったり、僕の足りない部分を補って下さる方だったりと、必ず僕の未熟な部分を解決してくれる方に次から次に出会って来ました。そう考えると“偶然の出会いではなく、全て必然の出会いなんじゃないか?”と、思うようになってきてます。少なくとも、哲也さん、哲夫さん、リエさんラムちゃん、の四人に関しては偶然の出会いではなく、会うべくして会った必然の出会いだったと思うほど、色々な事を教えていただきました。
これから先も また“偶然を装って僕を待っている、必然の出会いがある”と思うと、早くその人に会いたくなり、誰がその人なのかと思いながらキョロキョロしながら歩いていいます。すると、とっても楽しくなり、自然と歩くスピードが早くなってしまいす。

最後に高松“元気の種”でネタを見て頂き、旅資金の協力をして下さった皆さん本当にありがとうございました。050614_1110~01.jpg

050614_1525~01.jpg

200506141844.jpg

2005/06/14(火) 20:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
感動!感動!また、感動!
今日も“元気の種”のイベントに行き、軌保博光改め“てんつくマン”が7年かけて作ったドキュメント映画「107+1?天国はつくるもの?」の上映会があったので、観させてもらいましたが、本当に素晴らしい映画で“一生懸命やればできないことはない!”と、実感させてもらい、また人は国籍、人種、言葉に関係なく“ 人は人”で皆一緒、心で話せば必ず伝わることも教えてもらいました。そして、夜 “森源太”さんと言うミュージシャンの方のライブがあり、これがまた語り掛けるような優しい歌い方で素晴らしいライブでこれも感動的でした。そして、ライブ終了後源太さんと話しをしたら、この人がスゲェ?熱い人で「いつか必ず東京か大阪で一緒にライブしましょうよ」と凄い嬉しい事を言ってくれ、必ず実現することを約束しました。その後、高松に来てからお世話になっている“元気の種”のスタッフが一緒に住んでいる家に行き皆で大騒ぎしたかったのですが、御近所迷惑になるので小声で大騒ぎし、途中僕が今までやった事のない“ブラットピット”や“キアノリーブス”“梅田のオカマバーのママ”のモノマネを無茶振りされ苦戦しましたが、御近所の事を考え本当に小さく大盛り上がりしました。その後、更に宴は続き源太さんの「歌、歌いてぇ?!」の一言で皆で近くの河原に行き、今まで小さくしか盛り上がれなかったストレスを発散するかのように、源太さんの生ギターの演奏で長渕の歌を何曲も全員で大熱唱し、今度こそ大大大盛り上がりで、それはまるで青春ドラマのワンシーンのようで、感動的な時間でした。東京を出たときに、こんなに素晴らしい時間を過せて、またこんなに素晴らしい仲間が出来るなんて全く想像もしていませんでした。僕はよく色々余計な考えを巡らせ結果怖じ気付いたり、諦めたりして何も行動に移さない事がよくありました。でも、今考えると自分の考える事なんて所詮たかが知れていて、実際に動いてみると想像をしなかったような出来事があるので、色々考え準備や予測をすることも確に大切ですが、行動を起こしてみるのが“一番大切”だということを教えてもらいました。そして、宴の方は源太さんのギターの弦が切れた朝方やっとお開きになりましたが、とにかくここ高松の“てんつくマン”を慕って集まった人達は皆“楽しむ事”がとっても上手で、僕はそれがとても苦手だったので正直そのノリに着いて行けず一人になっている時もありました。でも、“楽しきこと無き世を楽しむ”の精神は、とても前向きでパワーに満ち溢れた生き方でとても共感の持てるものでした。
大阪以来、ネタをする事に対する度胸が付いて、目標を見失っていた僕に新しい“楽しきこと無き世を楽しむ”というテーマを与えてくれた“元気の種”の皆さんとの本当に素敵な偶然の出会いでした。050613_2250~01.jpg

2005/06/13(月) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
四国に来ちゃった!
何と!哲也さんと哲生さんに誘われ、詳しい事も聞かずになすがまま出会いに身を任せたら、全然来るつもりがなかった四国の高松に来てしまいました!
ここで何をしているのか?というと、ここにはリサイクル&マッサージ&路上詩人の言葉のギャラリーなどがある“元気の種”というお店があり、このお店で毎月一回イベントをしていて、今回は元吉本興業で山崎邦正さんとコンビを組まれていた、軌保博光さん改め“てんつくマン”が来られて、相手の目を見て言葉を書く“書き下ろし”をしてくれたり、哲也さんと哲生さんの“楽歩隊”二人と“てんつくマン”のトークショーなどがありました。そして、何と!そのトークショー終了後飛び入りで僕もネタをやらせてもらうことになりました。
しかし、もう何処の駅前でもネタをやれる度胸は付いたものの、“ダウンタウンのガキ使”などで活躍しているのを見ていた軌保博光さんの前でネタをやるとなると話しは別で、久々の大大大緊張でしたが、軌保さんが手を叩いて笑って下さっていたので大成功だったと思います。
その後、三回のトークショー終了後に毎回ネタをやらせてもらい、更に嬉しかったのがネタ終了後軌保さん自ら僕の旅資金の協力を呼び掛けて下さり合計¥9546も協力して頂きました。そして、お店の閉店後軌保さんは大阪に帰られると言うことで、挨拶しに行くと一言“おもろかった!君売れるで!”という、お世辞だとしても本当に嬉しい言葉を掛けて下さり、鳥肌が立ちました。旅の出会いに身を任せて“元気の種”に偶然来ることができましたが、このお店は名に恥じない本当に元気の種をくれるお店でした。皆さんも一度元気の種を貰いにこのお店に行かれてみてはいかがでしょうか!ただ、社長さんを始め従業員の皆さんがテンション高すぎるので御注意を!

“元気の種”のアドレスです。よかったら覗いて下さい。
http://bbs.avi.jp/139171
tashiro321.jpg

tashiro322.jpg

2005/06/12(日) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
完全に調子に乗って・・・・
今日は朝からあいにくの雨で駅前から全く動くことができず困っていると、“倉敷最高?”駅前の大画面スクリーンでメジャーリーグ中継をやってくれてました。
東京の部屋でも観る事の出来なかったメジャーリーグ中継を、まさか倉敷で楽しめるとは思ってもみなかったです。
そして、2時から雨もあがったので駅前でネタをやると、これがまた絶好調で沢山の方々に見てもらい、ず?と休むことなく二時間やり続けました。そろそろ疲れてきたので、次を最後にしようと思い、今日はネタのウケも調子よく倉敷の沢山の方から「ぼっけ、おもれ?!」と言ってもらっていたので最後の一回はできる
だけ人を沢山集めてやることにしましたが、この考えが調子に乗っていました。
多分、40人くらいの人が集まって下さったと思いますが、今までウケてたのが嘘のような見事な“どんズベリ!”をやってしまいました。恥ずかしい!恥ずかしい!
多分、“最後だ”ということ、と“ウケてた”ことからくる油断がスベッタ原因だと思います。
しかたなく旅の協力資金¥2650を持って逃げるように倉敷駅を後にし、夕方五時、昨日知り合った、哲也さんと哲生さんに哲也さんの奥様と子供の四人と合流し、しばし僕の“歩き旅”はお休みにし、この皆さんに身を預けることにして、四人の車に乗り込みました。その行き先は明日の日記をお楽しみに!

写真の五人は、ネタがまだウケてたときに見てくれた、女子高生四人組と熊本?北海道までヒッチハイクで旅をしているミュージシャンの三村さんで、色々お話しをし楽しい時間を過ごしました。050611_1632~01.jpg

2005/06/11(土) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
類は友を呼ぶ!
今日は、朝9時に次なる目的地倉敷を目指し出発しました。
そして、その移動中信号待ちをしていると反対側の歩道に江戸時代の旅人のような格好をされた二人が立っていて、僕を見て“ニコニコ”していました。僕も100%旅人だとわかったので思わず“ニコニコ”してしまいました。そして、信号が変わるとどちらとも無く勿論話し始め、聞いてびっくり!。このお二人“哲也と哲生”とおっしゃる路上詩人の二人組で、何と!“鹿児島?東京へ歩いて旅をしている”僕の旅の逆バージョンをされていました。ただ、ひとつ僕と大きく違うのが、哲也さんの方が奥さんと子供を同伴しての旅だということでした。
勿論、奥さんと子供は歩かずに車で一緒に移動しているのですが、家族連れの旅人を見たのは始めてだったので本当にびっくりしました。その後、お互いが通って来た道のりが、お互いの今後の道のりになるため情報交換をし少し話をしていると、哲也さんからとっても面白そうな提案をして頂き、勿論僕もテクテク行く旅をしていくことに決めたので、その提案に喜んで乗ることにしました。
その提案とは、僕の旅を広げてくれ、更に面白くしてくれるものなのですが、その内容については明後日の日記をお楽しみに!
そして、もう一枚の写真の二人は夜倉敷の駅に到着し、駅前で休んでいたときに仲良くなってネタを見てもらった、少しヤンチャな倉敷の青年です。話しをしたらヤンチャだけど一生懸命仕事もしていて、とても楽しく「東京の町の映像を見た時、こんなに人がいる訳がない。同じやつが何回も行ったり、来たりしてるだけだ。」と思ってたらしく。その感覚に凄い新鮮な発想を感じて、ずっとしゃべってました。
050610_1029~01.jpg

050611_0005~01.jpg


2005/06/10(金) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
も?!アメリカのバカ!
朝、YさんはYさんの目的地である広島に自転車で向かわれ、再び広島で再会することを約束し別れ、僕は夕方から岡山駅でネタをやるまでの時間があったので、近くの岡山城を見学することにしました。岡山城は姫路城と違い当時のまま残っているのではなく、鉄筋で復元された城のため、戦国時代の人との間接握手をする事は出来ませんでしたが、姫路城とは違い戦国時代初期に築かれ、後期に増築をされているため戦国時代初期と後期の城の特徴を合わせ持つ、とても珍しい城であるということで、大変勉強になりました。そして、帰り際ボランティアの観光案内の方に“岡山城はなんで なくなってしまったのか?”を尋ねてみると、生まれて始めてアメリカを憎むものでした。それは、第二次世界対戦の終戦一ヶ月前に岡山はアメリカからの空襲にあい、その結果岡山城は焼失してしまったからです。「何してくれてんだ!アメリカは!」と僕は憤慨しました。なぜなら、後一ヶ月待ってくれてれば岡山での空襲で亡くなられた方々が助かっていたのは勿論のこと、岡山城は当時のまま残っていたことになるので、秀吉に続いて二人目の戦国武将との間接握手推理が楽しめたからです。岡山市民の命と僕の旅の楽しみを奪ったアメリカを本当に怨みました。その後、アメリカに対する怒りを抱えたまま夕方から岡山駅に行きネタをやりました。今日は迫力があったせいか沢山の方にネタを見て頂き合計¥1680円の旅資金の協力をして頂きました。この怒りをキープしつつ次なる目的地倉敷でも迫力あるネタをやろうと思います。
050609_1306~01.jpg

2005/06/09(木) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
料理は愛情!
今日は朝九時備前と言う町を出発!昨日の大自然満々喫!の疲れが出て体がクタクタだったので、ノンビリ休みながらゆっくり歩いてると、また僕を元気にしてくれる出来事がありました。夕方に一人のおかあさんから声を掛けられ「差し入れよ。随分前であなたを見掛けて待ってたの、後で飲んで。」と冷たいビールを頂きました。本当は僕はお酒が全く飲めないのですが、おかあさんの気持ちがとっても嬉しかったので、ビールを頂き飲むことにしました。すると、今まで一度もビールを旨いと思ったことがないのに、このビールが旨い!旨い!始めて500ml缶を飲み干してしまいました。そして、このおかあさんから元気を貰い「頑張らなきゃ!」と思い、再び歩きだすこと5分情けない話、目の前がクルクル回りだしアッという間に歩けなくなってしまいました。仕方なしに道端で休んでいると、今度は自転車に乗ったとっても笑顔が素敵なYさんという、おとうさんに話し掛けられました。残念ながらYさんの諸事情により、名前や顔を載せることはできないのですが、このYさんの屈託のない笑顔に魅せられ話し込み暫し一緒に歩くことにしました。すると、このYさん、僕と一緒で長渕剛の大ファンで昨年の桜島での24時間コンサートにも行かれていて、その時の話しなどを聞き大変盛り上がりました。そして、気付けば僕の今日の目的地岡山駅に到着。すると、Yさんから「今日は俺が晩御飯ご馳走するよ!一緒に野宿しようや!」と言われ、いつもの僕なら迷うことなく甘えるくせに、この時僕は「いいですよ!」と、折角の好意を断ってしまいました。するとYさんが、とても悲しそうな顔をされ「そっか!」と言われました。その時、僕はビールをくれたお母さんの好意は喜んで頂いたのに、Yさんの好意はYさんの諸事情に偏見を持って断っていて、今、目の前にいる先程まで屈託のない笑顔をされて、話をしてくれていたYさんを全く見ていない自分に気付きました。どんな諸事情があろうと今僕の前にいるYさんは、“僕のことを思ってくれ晩御飯をご馳走してくれようとしているのに、その思いを断るとは、なんて失礼な事をしてるんだ!“と思い、いつもの通りご馳走になる事にしました。そして、岡山の河原でYさん特製のごった煮を頂きました。正直、味は“ん?”と言う感じでしたが、この手料理はYさんの所持金の半分を僕のためだけに使って下さったご馳走なので、残す事なく全部頂き 冷たい風の吹く河原でしたが、とっても暖かくなる手料理をご馳走になりました。
2005/06/08(水) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
岡山突入!
今日は朝8時に数々の偶然が重なっていた、ミュージシャンの吉田さん(詳細は長くなるので帰還ライブでお話しします)と別れ、取り合えず今日は目的地も決めず、昨日三輪さんに言われた通りに色々見ながらテクテク歩いて行くことにしました。
そして、今までさほど気にしなかった山の緑の美しさや、川の美しさと、そこに生きる魚達の群れなど、こうやってゆっくり歩きながら色々な所で足を止めてみると、改めて自然の素晴らしさを感じテクテク歩くことの素晴らしさも感じていました。そして、お昼ちょうど9こ目の新しい県岡山県に突入しました。岡山に入っても大自然は続き、東京では見たことのない、蛇対トカゲの命を賭けた戦いも見ることができました。
夕方になり昼間のきつかった陽射しも優しくなり、大自然の中を歩く僕の足取りも軽くなるかい!!!!!
どんだけ大自然が続く気だよ!朝から20KM以上歩いて、お店らしいお店がコンビニ一つって!腹減って死にそだよ!大体、今日はテクテク歩くつもりだったのに、山ばっかりで休む所もないから焦って歩いてた昨日より長い距離歩いてんじゃん!もしかして、岡山は山だけで町無いんじゃないの?自然満喫しすぎたから、そろそろ早く人工物がみたいよ?!
でも、昨日までと大きく変わったのが、テクテク歩いているせいか、沢山の方に声を掛けて頂いたり、車の方が“乗ってく?”と止まって下さったり、パンと水の差し入れを頂いたりと、再び出会いが増えてきました。しかし、もう陽が落ちてるのに今だ大自然のど真ん中です。こんな所で夜になったらヤバイんで、一端テクテク歩くのを止めサクサク歩いて今日の野宿場所を探します!050607_1200~01.jpg

2005/06/07(火) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
ブレーキを踏んでくれた方達!
ここ何日かを振り返って見ると、大阪までの旅と大きく変わった所があります。
それは、一日で移動する距離が凄く長くなって来ていました。その理由は、勿論歩く事に大分馴れたのもあるんですが、それ以上に「東京で一緒に頑張っていた仲間の芸人さん達が、相次いでメディアに出演する。」という事を知り、とてつもない“焦り”と“取り残される”と言う不安から“早く旅を終らせて東京に帰らなくては、”と思っていて、寝ていてもゆっくり寝れず直ぐに起きてしまい、ひたすら歩き続けていました。その結果、日記を見て頂ければ分かるように新しい出会いも無くなり、事件も起きなくなり、日記に書けることが全く無くなってしまい、更に左足を痛めることになってしまいました。にも関わらず、今日も足にテーピングをグルグル巻きにし“一日で100KM歩こう”などという、かなり無理な目標を立て、朝からひたすら歩き続けてました。そして、夕方偶然立ち寄ったコンビニで、そんな僕の焦ってばかりいる気持ちに“ブレーキ”をかけて下さり、この旅が無駄な旅になってしまいそうなことを僕に気付かせて下さる、貴重な出会いがありました。
そのお二人の方が、写真のお二人で、左の方が吉田さんといい、ヒッチハイクで日本を既に3周され、今4周目と言う路上ライブをこよなく愛されているミュージシャンの方で、真ん中の方が三輪さんといい近くで農家をされていて、若い時に農業の勉強のためにアメリカに渡り、これまたヒッチハイクで移動していた経験をされていて、お二人とも僕なんか話にならない程沢山の経験をされていました。そんなお二人の話を聞いてると、何の為に旅に出て?そして、何を学び、これからどうなりたいのか?を改めて考えさせられました。そして、焦って旅をしていては何も得る事は無く、三輪さんから「そんなに東京の事が気になるなら今すぐ帰れ!」と言われた時は目が覚める思いがしました。「“まわりがどうした”とか言って、今自分がしていることを中途半端にしてしまっては、全てが台無しになってしまう。そんなことよりも、今していることを信じて性根を据えて一生懸命取り組む事の方がよっぽど大切な事だ。もっと色々事を見ながらテクテク歩け!」とも、教えて下さいました。更に三輪さんは、テクテク歩く為にと、何と!一万円も下さいました。大阪でネタをすることに対する自信を持ち、とても小さな事で自分に満足し“何の為の旅であるか”を完全に見失い、猛スピードでゴールだけを目指そうとしていた僕にブレーキをかけて下さり、“今”の大切さを教えて下さったお二人に本当に感謝したいとおもいます。
最後に三輪さんが帰られた後、吉田さんと話ていたら、とんでもない偶然がありました。何と!吉田さんとの会話に、あの“尊敬すべきバカ”の名前が!詳しくは、生還ライブでお話しします。
050606_2010~01.jpg

2005/06/06(月) 20:10:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
初物尽くし!
昨日、夕方からネタをやろうと思い準備をしたら、直ぐに女性二人組の方が足を止めて下さりネタを始めようとしたのですが、その直後突然の夕立にあいネタどころではなくなっていまいました。そこで、仕方なくもう一日姫路に止まることにして、今日改めてネタをやることにしました。そして、夕方よりネタをやったところ日曜日で人が少なかったにも関わらず沢山の方にネタを見てもらい、合計¥3785の旅資金の協力と“めっちゃ!おもろかったで?!”と、僕の大好きな関西弁での嬉しい感想をくれる方もいました。勿論、そのシーンはこのHDD全盛の時代にも関わらず今だにビデオデッキ(しかもベータ-)並の録画しかすることができない、僕の脳内ビデオに録画したので、早速今晩寝る前にでも再生して楽しもうかと思います。
と言うことで、初観光での歴史的大発見と、この旅初めての夕立によるネタ中止など“初物尽くし”の姫路を午後7時に出発し次なる目的地相生に向けて旅立ちました。

姫路の商店街でネタを見ていただき、旅資金の協力をして下さった皆さん、本当にありがとうございました。
2005/06/05(日) 19:28:25| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
歴史的発見?
この三日間ひたすら歩いてやっと姫路に到着しました。ここまで考えたら幾つもの県を歩いて来たのに、全く観光らしい観光をしてなかったのでこの旅始めての観光をしようと思い、姫路城を見学することにしました。中に入ってみると、城の中は当時のまま残されていて、「ここを秀吉も歩いたんだろうなぁ?」と思ったら、“ふと!”「ってことはこの城の何処かに必ず秀吉が触った場所があるはず、そこを探せば長い時を経て秀吉と間接握手したことになる!」と言うことに気付いてしまいました。そこで、秀吉が必ず触っていそうな場所を探すことにしました。すると有りました!長局という所に“女部屋”という所があり、女性だけが暮らしていた場所を発見しました!「こんな楽園に秀吉が来ないはずがない!」と考えた僕は“女部屋”の何処に秀吉が触れているか?を推理しました。最初に考えたのが、“扉のとって部分”を考えたのですが、「きっと扉は秀吉の付き人みたいな人が開けるから秀吉は触れてない!」と推理し却下。次に秀吉の心理から推理する事にし「ここだ!」という場所を見つけだしました。それは、僕の推理からすると、秀吉はまず城主とは言え、いきなりエロエロモードで近付くことは、カッコ悪いのでしないはずで、いかに自然に女性に接近するか?を考えるだろう。そうなると、自然な接近の仕方として考えられるのが僕の経験上「この部屋何か暑くない?」と言いつつ窓際に近付き、外の景色を見ながら突然「うわぁ!何あれ!」と言ってビックリする。すると女性が「どうしたんですか?」と言って近付いて来るので、そこで「ほら見てあそこ!」と何も無いのに適当な方向を指差す。女性が「何処?何処?」と言って窓際に再接近して来るので、親切心を装いつつ「あそこ!あそこ!」と言いながら少しづつ接近し、自然に“窓”→“女性”→“秀吉”の体制を作り出し、後ろから女性に覆い被さるような格好になった筈である。更に確か秀吉は左利きのはずだから、左手で窓の外を指差す。と言うことは、この姫路城で秀吉が必ず触れた場所は僕が先程の体制になってみた結果、女性一人分の幅を考えると、右手がちょうど窓枠の右下カドにくるという事がわかりました。僕は自分の名推理による歴史的大発見の場所にそっと手を置き、遂に秀吉との間接握手に成功しました。皆さんも姫路城の女部屋に来て“秀吉と間接握手”をしてみてはいかがでしょう!
050603_1543~01.jpg

050603_1531~01.jpg

2005/06/03(金) 00:00:00| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。