田代32の旅日記
2005.4.15 「西日本路上ライブを繰り広げ、路上ライブで集まった資金のみで歩いて熊本に馬刺を食いにいき、鹿児島県の最南端佐多岬を目指す!と旅立ていった…そんな本人の旅日記!」
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最後の日記!
昨晩は「横になって寝ていいですよ」と、とても旅人に親切な南大隅町のファミレスで仮眠を取らせてもらい、今朝5:30分、いよいよこの旅の最終目的地佐多岬を目指し歩き始めました。

スタートしてすぐは、

「今日が最後の一日か!」

と、少し込み上げてくるものがありましたが、それも最初の10KMだけで、それ以降はそんなことなど考えてられないほど、山道の連続で登っては下りを繰り返す、地獄のような最終日でした。
しかし、途中全くメゲルことなく歩き続け、午後5:00ようやく、佐多岬入り口の“料金所”に到着したました。

“料金所?”

何と!着いてびっくり!ここ佐多岬は、岬までの最後の3キロが私有地の有料道路になっていて、そして、その入り口の料金所に、信じがたい文字が書いてありました。
それは、

“自転車・歩行者 通行禁止!バスをご利用下さい!”

「えっ??????!歩いていけないんだ!」

そうなんです!岬の先には、車でしか行くことができず、歩いて行くことはできませんでした。
しかし、この旅で学んだ

“最善を尽せば、後は何とかなる”

を信じて、料金所のお母さんに「歩いて岬まで、行けないか?」尋ねてみました。
すると、

「歩行者の通行止めは法律で決められていることなので、私にもどうしてあげることも出来ないのよ。」

と、止めの一言を頂いてしまいました。

強引に行く事も考えましたが、最後の最後で“義”に反し、この旅にキズを付けるのもやだったので、仕方なく料金所の側でしばらくたたずんでいると、最後の最後まで、あの出会いの神様“ジャバ”が本当にいい仕事をしてくれ、素敵な出会いが僕の思いを叶えてくれました。

それは、野生のイノシシの家族で、この家族(写真のイノシシ家族)が突然現れ、僕はびっくりしましたが、何と!この家族が料金所のお母さんと大の仲良しで、それをキッカケにお母さんと色々お話しをすることができました。
そして、このお母さんと色々お話しをしているうちに、お母さんから岬まで歩いて行く素敵な方法を帰り際に教えてもらいました。
それは、

「ここは、五時半まで歩行者通行止めで、その後は門が閉められ勝手に入ることもダメになるけど、あんたが空を飛んで岬まで行ったら、鳥に行くなとは言えないからね!
あんた東京から歩いて来たんだから、飛べるくらい出来るんじゃない!私が帰った後飛んでみれば、岬まで行けるかもよ!」

と、素敵なアドバイスをしてくれ、車で去っていきました。

そして、倉敷で知り合った“楽歩隊”の哲生さんが、7/30に既に東京にゴールし、鹿児島に帰られていて、僕のゴールを一緒にしてくれる事になっていたので、哲生さんとそのお友達の郷さんと、更に、最後の最後にここ佐多岬で出会った、女の子なのにバイクで一人旅をしている望月さんの四人で、空を飛び見事“何とかなってしまい”18:59分ゴール佐多岬に到着することができました。

ゴールした瞬間自分は何を思うのか?自分でも想像がつかないでいましたが、ゴールした瞬間にまず思ったことは、

「もう、歩かなくていいんだ?!」

でした。
それくらい、本当に大変な歩き旅でした。

道中沢山の方々に本当にお世話になり、僕の勝手な旅を助けて頂きました。
そして、その皆さんのお陰で、今まで何一つ目標を達成したことのなかった僕が、初めて一つの事を最後まで諦めずにやり抜き、目標を達成することが出来ました。
これは、僕にとって本当に大きな自信になりました。
そんな皆さんに心からの感謝と道中教えて頂き、僕の大好きな言葉になった、

“出逢ってくれてありがとう。”

の言葉を贈り、この旅日記を終わりたいと思います。

さぁ?東京に帰るぞ!
あっ!

東京帰ると言っても、アパート引き払って出てきたから、何処に帰ればいいんだ?

まぁ?いいか、何とかなるか!
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2005/08/05(金) 18:59:20| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
後一歩!
今日は朝7時に起きると、大喜さんの奥さんアユミさんが「お昼に食べて」と、とっても嬉しいことに、僕の分のお弁当を作って下さってました。
あまりの素敵な奥様ぶりに感動してしまいました。
しかし、このアユミさんの素晴らしさはこれだけでなく、23歳という若さながら全てにおいて気が利いていて、しかも美人なので「僕は結婚するなら絶対鹿児島の女性と結婚しよう!」と、密かに心の中で決意しました。(もう何年も彼女すらいないのに!)
そして、大喜さんに昨日合流したコンビニまで連れて行ってもらい、今日の歩き旅をスタートしました。

スタートして直ぐに山の木達が、びっくりするくらい鮮明な緑色を主張しだし、自分の存在をガンガンアピールし始めました。
このアピールが朝から始まると、僕の経験上“もの凄い暑い一日になる”と決まっていて、今日もやっぱり日中とんでもない暑さに襲われました。
普段なら、暑さにやられゆっくり行くのですが、しかし、今日の僕は全然別人で、前だけを見据え黙々と歩き続けていました。
それは何故かというと、アユミさんの弁当にテンションが上がったのもありますが、それよりも、昨日カーナビで調べてもらって、佐多岬までの距離が後75KMとわかったからです。
ということは、今日頑張って30KM以上歩けば、
遂に!遂に!遂に!本当に遂に!明日ゴールできるからです。
それが、分かってしまったらゆっくりなんて歩いてられるはずが無く、スタートからガンガンのハイペースで歩き続けました。
そして、夕方大根占町という町まで歩き、無事30KM歩き、明日ゴールすることが決定しました。
本当に長かった?!

と、いうことで長かったこの旅も明日で終わりです。
まだ、その実感が湧きませんが、とにかくゴールするまで気を抜かずにしっかり歩こうと思います。
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2005/08/04(木) 20:00:16| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
まだまだ出会う
今日は午前7時に目覚めて、ビックリ!
昨日、この垂水の“道の駅”に到着したのが夜だったので全然気付かなかったのですが、桜島が目の前で、あまりの美しい景色と桜島の逞しさに朝から感動してしまいました。
そして、太陽が昇るに連れ色を変えて様々な表情を見せてくれる、桜島にも、また素晴らしく感動的でした。

一通り桜島の表情を見た午前9時、垂水の“道の駅”を出発することにし、歩き始めました。
そして、30分ほど歩いた所で汗ダクになりながらも、色々な角度からデジカメで桜島を撮影している二人の女性を発見!
「何の人だろう?」と思いながらも、先を急いでいたので挨拶だけして、通り過ぎようとすると、
「旅してるんですか?」と、声を掛けられ、話してみるとびっくり!何と、鹿児島NHKの方で番組の取材をされていました。
そして、これから僕がいた、垂水の“道の駅”を取材に行くらしく「そこでネタをやってもらえませんか?」と言われ、僕は「せっかく歩いて来たのに戻るのか?、少しもったいないな?」と、思う事など全然なく、喜んでネタをやらせてもらう事にし、また“道の駅”に戻りました。
そして、道の駅でネタをやって、足湯につかりながら僕の旅の話しなども取材してもらいました。
そして、丁度お昼頃に取材が終わり、再度道の駅を出発!
とにかく南を目指し歩き始めました。
すると、途中とっても嬉しい偶然の再会がありました。
それは、昨日蚊取り線香を買うために立ち寄ったら、お惣菜をサービスしてくれた、森大圭君と偶然再会することができました。
大圭君はお兄さんの勤める建築会社でアルバイトをしていて、その帰り道だったそうで、「もしかしたら僕と会えるかも」と思いながら、バイクで自宅を目指していたそうです。僕はそれを聞いて「きっと大圭君にも“ジャバ”がいるな!」
と思いながら、暫くお話しをしました。
すると、大圭君が「兄貴の家に今日泊まって下さいよ!」と、言って、早速お兄さんに連絡を取ってくれました。すると、お兄さんも心よく僕を受け入れて下さり、今晩お世話になることになりました。
そして、垂水の市内でお兄さんの大喜さんと合流しお家に連れて行ってもらい、更に夜になってお友達のジョージさんと、ジュンさん、それに大喜さんの奥さまのアユミさん、とで居酒屋に行き、昨日に続いて連夜の唐揚げをご馳走して頂き、それ以外にも沢山ご馳走になりました。
そして、その後は大喜さんのお家に戻り、結局夜中まで色々お話し、楽しい時間を過ごしました。

今日もまたここ垂水市に知り合いなど一人も居なかったのに、偶然の出会いから出会いが広がり、気付けばここの町にも新しい仲間が出来てました。
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2005/08/03(水) 23:59:35| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
セイロガンの半分も優しさ!
治った??????!

よかったです。
昨日の夜はどうなるかと思いましたが、朝起きてみたら、お薬と何より村西さんの優しさのお陰で完全に復活することができました。
村西さんには、本当に感謝で、見ず知らずの人間を泊めるだけでなく、その人間が病人であるにも関わらず、嫌な顔一つせずに親切にしていただきました。
本当に迷惑だったと思いますが、
“お粥を作って下さったり”
“洗濯をして下さったり”
“離れの素敵なお部屋を用意して下さったり”
と、なんとお礼を言ったらいいのか、解らないくらい親切にして頂き、何より側に人が居て下さることが凄く安心させてくれ、そのお陰で完全復活することができました。

そして、朝ご飯を村西さんのお婆ちゃんと一緒にご馳走になりましたが、このお婆ちゃんが東京から歩いて来たことに感激して下さり、沢山お話しをして下さりましたが、鹿児島弁がキツク、ほとんど僕は言葉を理解できませんでした。
でも、村西さんが戸田奈津子バリに通訳して下さったので、お婆ちゃんから、お孫さんの話しなど沢山聞かせてもらいました。
そして、本当にお世話になった村西さんとお婆ちゃんに駅まで送って頂き、昨日電車に乗った駅まで戻り、お昼ちょうど歩き旅を再開することができました。
歩いてみると、やっぱり無理を言って泊めてもらってよかったらしく、体も心も昨日の体調が嘘のように軽くなっていて、スイスイ歩くことができました。そして、途中写真のように足湯につかりながら休暇したり、錦江湾にイルカがいるのを発見し暫く見ていたり、つり具屋さんのお父さんにジュースをご馳走になり、ここを通る旅人の話しを聞いたりしながら、とっても楽しく歩く事ができ、健康であることの喜びを感じることができました。
そして、夜の8時頃、蚊取り線香を買うためによったスーパーで、この家の息子の大圭君とその友達(名前を忘れてしまいごめんなさい)と出会うこともできました。
大圭君とお友達は写真のように、とっても元気で、写真ではちょっとわからないけど、とっても爽やかな少年達で、僕が旅をしていることを知ると「わっせ?すげぇ?」と鹿児島弁で驚いてくれ、僕の大好きな 鳥の唐揚げなどのお惣菜をサービスしてくれました。

そして、夜の10:30垂水の“道の駅”に到着し、今日はここで野宿することにしました。
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2005/08/02(火) 23:59:20| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
スピード3
今日は、昨日上久保さんにアドバイスされたように、もう一度気を引き締め、鹿児島市内からゴールの佐多岬を目指して、新たにスタートすることにしました。

がっ!

全く動けません!
“気”は引き締めたんですが、何故かお腹がユルユルで、昨日の夜中から一時間置きにトイレに駆け込んでいて、結局一睡も出来ませんでした。
朝になっても、一時間おきのトイレ通いは続いていて、気付けばお昼になっていました。

「このまま、体調がよくなるのを待っていたら、一日中動けなくなる!“病は気から”気持ちで何とかなるはず!俺のお腹は治った!」

と、お腹の機嫌がいいときを見計らって、強引に歩き出しました。しかし、そんな子供騙しが通用する訳なく、歩き始めて直ぐにお腹の機嫌がまた悪くなり、コンビニに駆け込むことになってしまいました。
こんなことで、歩くことを諦める訳にもいかず、考えた結果。

「やっぱり、鹿児島市内に着いたことで安心してしまい、緊張感が無くなってしまっている。緊張感を出すためにはハイペースで歩けばいいんだ!」

と、何の根拠もない結論に達し、今度はハイペースで歩いてみることにしました。
しかし、そんなに世の中上手くいくはずが・・・ありました!
何と!ハイペースで歩いてみると、お腹の機嫌が全く悪くならないのです。
あまりの効果に自分でも驚きましたが「これで前に進めるぞ!」と、午前中の遅れを取り戻すためにもガンガン歩き続けました。
そして、かなり歩いた所でお腹の機嫌も、もう大丈夫そうだったので、いつものペースに戻し、今日の目的地国分を・・・・・・?

んっ!

この感じは!

ヤバイ!

あっ痛タタタタタタタ!

また、機嫌が悪くなった?!

と、再び腹痛が襲ってきました。
仕方なく、急いでトイレの有りそうな場所を目指しハイペースで歩きました。しかし、こんな時に限ってコンビニもガソリンスタンドも公園も見付からないもので、人生最大のピンチを・・・・・・?

あれ?痛くない!

波が去ったというより全然大丈夫になってる?

どうやら、どういう理由か解りませんが、僕のお腹はペースを落とすと機嫌が悪くなるようで、決してペースを落とすことができなくなってしまったようです。
その結果、常にハイペースで歩き続けなければならなくなってしまい、もし、ペースを落とそうものなら、容赦なく“〇〇〇爆弾”が肛門で爆発することになってしまう、まるで映画の“スピード1”に似た状態になってしまいました。
仕方なくハイペースで歩き続けましたが、そんなハイペースがいつまでも続けられる筈もなく、ついに加治木町という町で力尽き、歩けなくなってしまいました。
そこで仕方なく、今日泊めて頂くことになっていた“楽歩隊”の哲也さんのお母さんが紹介して下さった、写真の村西さんと連絡を取り、とりあえず電車で村西さんの家の側まで行き、車で迎えに来てもらうことにしました。
今日の夜は村西さんに大変御迷惑を掛けることになってしまいましたが、村西さんが、お粥を作って下さったり、お薬をくれたり、本当に親切にして下さるので、今晩は安心して寝れそうです。
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2005/08/01(月) 22:30:35| 田代32画像旅日記| トラックバック(-) コメント(-)
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